学習の手引き

ブライアン・ウォーカー教授のものがたりはいかがでしたか?
ここは、みなさんがものがたりについて復習したり、理解を深めたりするためのページです。ここだけに書いてあることもありますよ!

<対象:小学校高学年以上>


まずはクイズです!

問1:ウォーカー教授は、自然がある限界をえると元にもどらなくなる例として牧草地と牛の放牧の関係を研究しましたが、牧草地がばくに変化し元に戻らなくなる理由は何だったでしょうか。

1. 山火事

2. 土がかんそうする状態が続くため

3. 雨が長い間、降らなかったから


こたえ

問1:ウォーカー教授は、自然がある限界を超えると元に戻らなくなる例として牧草地と牛の放牧の関係を研究しましたが、牧草地が砂漠に変化し元に戻らなくなる理由は何だったでしょうか。

こたえ:2. 土が乾燥する状態が続くため

牧草地で過度な放牧を続けると、牛が牧草を食べつくしてしまいます。土の表面をおおう草が限界値を超えて減ってしまうと、雨が土の表面を流れていってしまい、土の中にしんとうしなくなるため土が乾燥する状態が続き、その土地は植物を育てる能力を失ってしまいます。その結果、まったく草が生えない砂漠へと変わってしまい、草地にはらなくなってしまうのです。
ウォーカー教授は、「これ以上、牧草が減ったらここは砂漠してしまう」というように、限界を知ることがレジリエンスの高い社会に必要だと言っています。

問2:人間が生き延びていくためにレジリエンスが必要なのはなぜでしょうか?

こたえ:3. レジリエンスを高めれば、地球環境に起きている急激な変化に対応できるようになるから。

ウォーカー教授が考えるレジリエンスとは、あるシステムが何か別のものになったりほうかいしたりする前に、バランスをとりながらこれまでと同じように機能するための能力です。
ウォーカー教授はブループラネット賞受賞者記念講演で、レジリエンスを正しく理解してほしいと話していました。現在、生態系や地球環境に起きている急激な変化に対応するためには、レジリエンスの考えが広がっていって、その考えをもとに私たちみんなが協力しあうことが重要だと教授は考えています。


ここはおさえておこう

レジリエンスとは、システムが何か別のものになったりほうかいしたりする前に、バランスをとりながらこれまでと同じように機能するための能力のこと。

レジリエンスが高い社会とは、社会・生態システムの限界値を理解し、限界に対し適応し、必要な変化を受け入れる社会である。


もっとくわしく

ウォーカー教授がレジリエンス研究の仲間たちと立ち上げたレジリエンス・アライアンスのウェブサイトでは、何らかの原因でシステムが元の状態にもどらなくなった様々な例をデータベースでしょうかいしています。そのデータベースの情報を元に、2つのケースをご紹介します。

Resilience Alliance - Thresholds Database

ケース1. イースター島

南米チリ領であるイースター島。チリおきあいから西へ約3,700kmの太平洋上にあるとうは、きょだい石像モアイの立つ島として有名です。
イースター島に人間が住み始めたのは西せいれき800年ごろとされています。当時のイースター島は、熱帯雨林が生いしげる緑豊かな島でした。そして島には6種類の陸鳥、37種類の海鳥が生息していたといわれています。
しかし、島民は、燃料として使うため、カヌーを作るため、そして、モアイ像で使う石を移動させるためなどの目的で、熱帯雨林の木を次から次へばっさいしていきました。 その結果、1600ねんごろまでには、熱帯雨林にあったほとんどの木々は伐採され、森林を住み家とする全ての陸鳥がいなくなり、残ったのは32種類いた内の1種類の海鳥だけでした。
また、イースター島の住民の人口増加にともない大規模な森林伐採がそくしんされ、そのスピードは木々が再生するスピードを上回るものでした。そして、森林かいのためじょうしんしょくが進行し、ある時点で木々が再生できない土地に変わったのです。
木々が再生できなくなったことで、漁業に必要なカヌーの製造も不可能になりました。こうして食料不足が深刻化し、かつする資源をめぐった住民同士の争いが激しくなっていきました。争いが続いた結果、ピーク時に1万人いたとされる島の人口は2000人まで落ちんでしまいました。その後、人口はさらに激減し、文明伝承が不可能になったといわれています。自然のみならず、人間社会もほうかいしたのです。
今日のイースター島では、豊富な自然と様々な鳥たちに囲まれた1000年前の島の様子は見るかげもありません。現在の島には、3メートルをえる木々は存在せず、島の大半は赤茶けたばくのような土地となっているそうです。

ケース2. アメリカ合衆国・エリー湖

エリー湖は、アメリカとカナダにまたがる世界最大のたんすい湖系といわれる五大湖の1つです。エリー湖の沿岸にはアメリカ・オハイオ州、ペンシルバニア州、ニューヨーク州などが位置し、これらの周辺地域は、エリー湖から様々なおんけいを受けることにより発展してきました。
例えば、エリー湖は、淡水漁場として地域の漁業やそれにともなう商業の発展にこうけんしました。また、エリー湖を結ぶさまざまな運河は、周辺地域の物流を可能にし、産業と都市の発展のばんとなりました。このように、エリー湖と沿岸地域の発展にはとても密接な関係があったのです。
しかし、1950〜60年代にかけて、エリー湖の水質せんが深刻な問題となりました。沿岸都市からの産業、家庭、農業はいすいなどが絶え間なくエリー湖に流れんだことで、エリー湖が富栄養化し、水汚染が発生したのです。
富栄養化とは、湖や海の中などで植物の栄養となる物質が自然の状態より増えるため、などの植物プランクトンが大量発生する現象を言います。エリー湖では、周辺地域からの排水にふくまれていたリンという物質が大量流入することで、富栄養化が進み、アオコなどのるいが大量に発生しました。
水面に広がった大量の藻は、水中に降り注ぐ日光をしゃだんしました。そのため、水中植物は光合成をすることができなくなり、植物が本来持つ水じょう機能をもうばわれました。その結果、水質汚染が進行していったのです。また、アオコの大量発生によって水中の酸素が少なくなり、酸素を必要とする魚や貝、植物が死んでしまいました。そして、エリー湖は、「北アメリカの死海」と呼ばれるまでに至ったのです。
こうしたじょうきょうを受け、アメリカとカナダ政府は、1972年に五大湖水協定を結び、エリー湖をふくむ五大湖の水質を改善するための取り組みを始めました。その取り組みが実を結び、エリー湖内の富栄養化は大分改善されたと言われています。しかし、2014年にアオコなどの藻類が再び大量発生し、エリー湖の水質汚染は現在もなお大きな問題となっています。

まとめ

ケース1は、イースター島にあった熱帯雨林が、過度な伐採により崩壊し、木々が再生しない土地へ変化した例です。土壌をよくにする働きを持つちっがんゆうりょうが、変化をもたらした限界値に関係していると考えられています。森林伐採を原因とする土壌しんしょくによって土壌の窒素含有量が激減し、土地がもともと持っていた再生能力をうばうことになったのです。自然崩壊が人間の文明社会の崩壊にまでえいきょうあたえたという意味で、このケースから私たち人間が学ぶことは多いのではないでしょうか。

ケース2は、リンをふくむ生活排水や農業排水がエリー湖に大量に流れ込んだことで、湖の富栄養化が進み、それにともなう藻類の大量発生と、湖中生態系の崩壊が起きた例です。湖に流入したリンの量が湖の自己回復能力(限界値)を上回るものであったため、湖はレジリエンスを失いました。レジリエンスを失ったエリー湖は汚染された湖へと変容し、地域住民がエリー湖から受けていた多くのおんけいも、受けられなくなってしまったのです。
ケース1同様このケースも、自然生態系はその限界を超えると元に戻らなくなるというレジリエンスの考えを裏付けるものであり、私たち人間社会と自然かんきょうからなる社会生態系システムの持続可能性を考えるうえで多くのを提供するものといえるでしょう。