2. 生態系のレジリエンス

レジリエンスという考え方との出会い

少しさかのぼりますが、1974年、ローデシアをはなれる少し前、ウォーカー教授は自分の研究人生を大きく変えることになる、ある論文と出会いました。それは、ウォーカー教授と同じ生態学者であるホリング教授による「レジリエンス」に関する論文でした。
当時の生態学の理論では自然界、つまり生態系の変化について、次のように考えていました。「生態系はさまざまな形で変化するが、それらの変化はゆるやかに起こる。ある生態系がちがう形に変化しても、それはまたゆるやかに元にもどる」と。
しかし、ウォーカー教授は学生たちとフィールドワークをする中で、サバンナなどの生態系がとつぜん別の形になり、元にもどらなくなる現象をひんぱんに目にしていました。これまでの生態学の理論ではこの現象を説明できません。

ホリング教授の論文には以下のようなことが書いてありました。

  • 急激な変化があるということは、その生態系のシステムが順調に機能していないことを意味している。そこで何が起きているのか、なぜ起きているのか、理解しなければならない。
  • その理解のカギは「レジリエンス」という生態系が持つ能力である。

「これだ!」とウォーカー教授は思いました。ホリング教授の論文が、ウォーカー教授の疑問に解決の糸口を示してくれたのです。

限界を知ること

生態系の急激な変化とは、例えばどういうことでしょうか。ウォーカー教授が研究した「牧草地のばく」を例として見てみましょう。
ある牧草地で牛を放牧しているとします。そこで牛の数をじょじょに増やしていくと、牛が増えるにつれ食べられる牧草の量も増えていき、牧草地の様子が少しずつ変わってきます。牧草が減少し、草のたけも短くなってきます。

牧草地で草を食べる牛たち

牧草地で草を食べる牛たち

その際、「ある状態」までは、牧草地から全ての牛を連れ出せば、牧草地はまた再生します。植物は地下の根で水や栄養分を吸収して成長するため、ある程度までは土の表面に出ているくきや葉が食べられてもまた生えてきます。レジリエンスとは、何か変化が起きてもじゅうなんに対応できる能力のことだと最初にご説明しましたが、例えばこの例では、牧草地が再生するうちはレジリエンスが保たれている状態だといえます。

しかし、放牧を続けて牧草の量が「ある状態」より減ってしまうと、その後に牛を連れ出しても牧草地はもう元の状態にはもどりません。そして最終的には、もともと草が生えていた土地がばくし、まったく草が生えない不毛の大地になってしまうのです。このようなことが、実際にサハラ以南のアフリカの多くの場所で起こっています。

なぜこんなことになるのでしょう。この例では、土の表面をおおっている植物の量と、雨が土にしんとうする量の関係に原因があります。土の表面の植物を限界値(これが「ある状態」です。専門的な言葉では「しきい値」といいます)まで取り去ってしまうと、雨が土の中にたまらずに流れていってしまうようになります。水が土の中にたまらなければ、植物は根から水を吸収できず、育つことができません。その結果、その土地はばくしてしまうのです。

砂漠化のプロセス

土がたくわえる水の量は牧草の量によって変化し、牧草の量はちくの量によって決まります。そしてちくの量を決めるのは人間です。牧草地での牛の放牧を持続的に続けるためには、私たち人間が「これ以上、牧草が減ったらここはばくしてしまう」というように、限界を知っておかなければならないのです。

砂漠化のプロセス

世界に広がるレジリエンス研究

ウォーカー教授はさっそくホリング教授に手紙を書き、ホリング教授の理論をもっと理解したいと伝えました。するとホリング教授は「いっしょに研究しましょう」と言ってくれたのです。こうして、ウォーカー教授はホリング教授とともに、レジリエンスの研究に関わることになりました。
やがて、湖の研究者や、森林やこんちゅうの研究者など、様々な分野の研究者がレジリエンスの研究に加わりはじめ、そのような研究者たちの集まりが世界的なネットワークとして広がっていきました。

例えば湖の研究者は、んだ湖がはんしょくによってにごった湖へ変化していく様子を観察し、湖に流れむ養分(藻の繁殖の原因)の量がどれくらいまでなら元の澄んだ湖にもどり、どれくらいをえると藻が繁殖した状態からもどらなくなるのか、その限界値を研究していました。
最初は湖に養分が流れ込み続けても、湖の生態系がレジリエンスを持っているために藻が繁殖せずに澄んだ状態で元の生態系がされますが、流れ込む養分の量が限界値を越えると湖は急に変化してしまい、元の生態系には戻らなくなります。

澄んだ湖(上)と藻が繁殖して濁った湖(下)

澄んだ湖(上)と
藻が繁殖して濁った湖(下)

湖の観察では、自然がこのように急激で元にもどらなくなる変化を見せることがわかりました。私たちは、自然はゆっくり変化するとつい考えがちですが、実はそうではないのです。このようなとつぜんの変化は私たちの身の回りの自然や地球全体で起こるのです。

3. 社会・生態システムのレジリエンス