3. 社会・生態システムのレジリエンス

生態学と社会学の融合〜社会・生態システム〜

レジリエンスの研究者たちのネットワークは、やがて「レジリエンス・アライアンス」という一つの団体になっていきました。1999年に正式に発足し、ウォーカー教授は初代の理事長に就任しました。

イタリア・コルシカでレジリエンス・アライアンスのメンバーと。前列左から3番目が教授(2007年)

イタリア・コルシカでレジリエンス・アライアンスのメンバーと。前列左から3番目が教授(2007年)

このレジリエンス・アライアンスの目標はもちろんレジリエンスの理解です。それも、生態系のレジリエンスだけではありません。ウォーカー教授の興味は、いつしか生態学のわくえ、私たち人間の社会にも向けられるようになっていました。変化に対応できる能力、レジリエンスは、人間社会が持続していくためにも不可欠なものだと思ったのです。 レジリエンス・アライアンスには社会学者もたくさん参加していたので、教授はかれらといっしょに、社会の複雑さや社会の機能を理解しようとし、人間社会がレジリエンスを高めるためにはどうしたらよいのか考えました。

そのうち教授は、生態系と人間社会を別々に考えるのではなく、一緒に考えるべきなのではないかと思うようになりました。

例えばマレー・ダーリングぼんはオーストラリアで最も広大な農業地帯で、かんがい農業が盛んです。この盆地を生態系としてみると、河川などがあり、耕作地には植物が生えています。一方でこの盆地を人間社会としてみると、まず農家があり、それが集まって集落になっていて、そこには様々な人たちが暮らしています。この地域の生態系と人間社会は合わせて「灌漑農業システム」を形づくっています。
このように、人間社会と生態系がおたがいに作用しあってつくっている共通のシステムのことを「社会・生態システム」といいます。

さて、あるとき、マレー・ダーリングぼんの水が少なくなってしまいました。これまでのように灌漑農業を続けようにも、水が足りません。このままではこの盆地ではいっさいかんがい農業ができなくなってしまいます。
では、例えば盆地の一部で灌漑農業をやめることにしたらどうでしょう。そこでは、代わりに引水しないかんそう地農業をするのです。すると、そこの生態系や人間社会はそれまでと大きく変わることになりますが、農業自体は続けることができます。また、灌漑農業をやめたところに流れんでいた分の水は盆地の別のところにまわせるので、そちらでは灌漑農業を続けることができます。この盆地が全体として農業地帯として存続するためには、変わらなければならないのです。

灌漑農業

このように、ある社会・生態システムを保つということは、完全に元の状態をしさえすればいいということではありません。むしろ変化に対してじゅうなんに対応することが、そのシステムならではの重要なはたらきを保つために必要なこともあります。
私たち人間が生態系と人間社会のそう作用を理解することで、システムをほうかいさせないためのかじ取りをできるようになります。それが、社会・生態システムがレジリエンスを高めることにつながるのです。

レジリエンスの定義

ウォーカー教授によるレジリエンスの簡単な定義は、「ある自然システムがその状態を保とうとする、システムに備わった能力」です。
レジリエンスとは、あるシステムが何か別のものになったりほうかいしたりする前に、バランスをとりながらこれまでと同じように機能するための能力です。さまざまな変化の中で、システムならではのはたらきをけいぞくてきに保ち続ける能力ともいえます。

ウォーカー教授は、どんな変化にも対応でき、できるだけ回復力が高いシステムを作り上げることが現在の私たちのテーマだと言っています。つまり、レジリエンスの高いシステムです。

そのために特に必要なものとして、教授はレジリエンスの三つの要素を挙げています。一つめは社会・生態システムの限界値を理解すること、二つめは限界に対し適応すること、そして三つ目が変容、つまり変化を受け入れることです。例えば、マレー・ダーリングぼんが農業地として存続するためには、これまでの農業のやり方を一部で変えることを人々が受け入れなければなりません。システムが限界で、もはやこれまでと同じ状態をできなくなってきていたり、もしくはシステム自体がすでに現状に合わなくなっているのなら、これまでのシステムを変えていく必要があるのです。

レジリエンスが高い世界とは?

それにしても、具体的にどういう状態ならレジリエンスが高いといえるのでしょうか?
生態系のレジリエンスの場合、重要なのが種の多様性です。例えば、マメ科の植物の多くはちったくわえてじょうよくにする機能を持っていますが、もしあるところに植えられているマメ科の植物が1種類だったら、その種が病原きんや干ばつなどでぜんめつしてしまえば、そこから窒素を蓄える機能そのものが失われてしまいます。しかし、そこにマメ科の植物が他にも何種類か植えられていて、その中には病原菌に強い種や干ばつに強い種もあったとしたら、そうした種によって窒素を蓄える機能は残ります。このように、異なった種類の植物や動物が同じ行動や働きをすることを「レスポンス・ダイバーシティ(応答の多様性)」といい、システムを回復力の高い状態に保つ、つまりシステムが高いレジリエンスを持つうえで非常に重要なことです。

問題は、今日の世界では、そういった多様性がしばしば軽視されることにあります。「どうして何種類もちったくわえる植物が必要なんだ。一番効率的なものがひとつだけあれば十分ではないか。」といった具合です。そのような考え方で、農業で一種類の作物ばかり植えたり、植林で一種類の木ばかり植えたりしていると、やがてその農地や植林地はレジリエンスを失っていってしまいます。
私たちの身の回りでも同じようなことが起きています。現在はとにかく効率性を高めようするばかりに、社会の仕組みやつながりを単純化しようとするけいこうがあるのです。

ウォーカー教授はこのじょうきょうをとても憂いています。システムを回復力の高い状態に保つためには、さまざまなやりかたを残しておかなければならないというのが教授の考えです。なぜなら、もしやりかたがひとつだけだったら、そのひとつに何か問題が生じればシステム全体がほうかいしてしまうからです。

インドネシアにて米の育て方の実習(2000年)

インドネシアにて米の育て方の実習
(2000年)

現在あるレスポンス・ダイバーシティを保つ、または、あえて作り上げることが、私たちの社会やそれを成り立たせてくれる生態系のレジリエンスを高めるため、最も必要な条件のひとつだと教授は言っています。

4. 未来への希望