1. 自然の中で学びたい

豊かな自然にあふれた街で

マルクス・ボルナー教授は1945年にスイスのチューリヒはんの小さな町、タールヴィルで生まれ、そこで育ちました。

タールヴィルにて 家族と(1949)

タールヴィルにて 家族と(1949)

子どもの時から動物が大好きで、少年時代のマルクスは森でオタマジャクシをとってきてはカエルへと成長していくのを観察していました。特にお気に入りはちゅうるいで、初めて自分のくつを買いに行かせてもらった時に、靴を買わずにかめを買ってきてしまったほど。イグアナやへびまで飼っていました。蛇がしょっちゅう飼育容器からげ出し、部屋の中をっているようなありさまでしたが、お母さんは好きにさせてくれました(ただし、めったにマルクスの部屋には近づこうとしませんでしたが)。

お父さんはパイロット。いそがしくて家にはあまりいませんでしたが、マルクスはお父さんの乗る飛行機にあこがれていました。後年、大人になったボルナー教授は、調査のために小さなセスナ機に乗ってアフリカの空を飛び回ることになり、憧れが現実のものとなりました。
そして、マルクスが自然や動物を好きになったのは、自然のことをよく知っているおじいさんのえいきょうが大きかったといいます。

おじいさんと

おじいさんと

マルクスを自然の中に連れて行っては、植物のこと、カエルのことなどいろいろなことを教えてくれ、「自然のことを、もっと探求するんだよ」といつもすすめてくれました。後年、野生動物の専門家になれたのは、このおじいさんと、したいようにさせてくれたお母さんのおかげだと、ボルナー教授は思っています。

野生動物の研究の世界へ

自然が大好きなマルクスでしたが、学校はあまり好きではありませんでした。でも動物のことを学べる生物学と、広い世界のことを学べる地理の授業だけは大好きでした。

地元のチューリヒ大学に進み、選んだのはやはり動物の研究の道でした。最初は海洋生物学について学び、小さなクラゲの研究をしていたのですが、だんだんもっと大きな野生動物の研究がしたくなってきました。それで、大学院に進んでからは、ヨーロッパからちょうせん半島にかけて生息している「ノロジカ」という小型のシカの研究をするようになります。これが、初めての野生動物の研究でした。

また、マルクスは、研究室にこもってするような仕事はしたくない、自分らしくないと思っていました。それより外に出て、実際に動物たちとれ合える仕事をしたかったのです。

その夢を実現する機会はまもなく訪れました。大学を卒業した1972年、WWF(世界自然保護基金)の仕事で、東南アジアに生息する「スマトラサイ」の調査のため、インドネシアのスマトラに行くことになったのです。

スマトラでの体験は、まるでぼうけんでした。ほとんど右も左もわかりません。当時はほとんどの地域で地図さえなかったのです。

スマトラにて(1973)

スマトラにて(1973)

ある時は、森林地帯の様子も全くわからないまま数週間もジャングルでさまよい、大変な目にあいました。またある時は、雨が続いて川が増水し、動けないまま、ついに食料もなくなりました。その日、マルクスが記した日誌にはこう書かれています。「もはやこれは冒険ではない。とにかく非常に困難なじょうきょうだ。もう冒険は楽しいものではなくなった。」このようにこくな調査でしたが、一方で、これまで人間が足をみ入れたことのない場所に行くことができたのは、自然が大好きなマルクスにとってはとても素晴らしい体験でした。

スマトラサイはとても希少な動物で、その上、当時急激に減少していました。3年間スマトラにいたマルクスでも、スマトラサイを実際に見ることができたのはたった1度だけでした。そのことで長い論文を書き上げ、博士号をとりました。(この時「ボルナー博士」になったマルクスは、今は大学の教授になっていますので、これからは統一して「ボルナー教授」と呼ぶことにしましょう。)後にアフリカでもサイに深く関わることになるボルナー教授にとって、サイは今でも特別な動物です。世界の5種類のサイ(シロサイ、クロサイ、インドサイ、ジャワサイ、スマトラサイ)を全て野生の状態で見たことがあるのは、世界中で自分だけだろうとボルナー教授は言っています。

悲しいこともありました。現地の人とは仲良く仕事をしていたのですが、当時の政府は自然保護への理解がほとんどありませんでした。保護地域に指定しておきながら、翌週にはその地域の木が全てばっさいされてしまう、などということもあったのです。ボルナー教授がいたころから現在までの約40年間に、素晴らしかったスマトラの原生林は85%も失われ、そのほとんどがアブラヤシの農園になってしまいました。このような問題はスマトラだけで起こることではなく、ボルナー教授は何かしなければならないといつも感じています。

2. 野生動物の王国、アフリカへ