3. コンピュータの中の地球

新しいチーム

1970年から80年代にかけてはオゾン層のかいや地球温暖化などのかんきょう問題が、世界全体にとっての課題として認識されるようになってきた時代でした。日本の政府関係者もその重要性を理解し、科学研究の基礎を固めるために次々と新しい研究組織を設立し大型研究プロジェクトを立ち上げました。日本でも先進的な研究を行うことができる環境を作りたいと考えていた松野さんは、いくつもの研究チームに関わりながら日本の研究をリードすることになりました。

東京大学気候システム研究センター

環境研究のきょてんとして、東京大学気候システム研究センターが新設され、1994年まで松野さんがセンター長を務めました。所属教員は10名(教授・助教授各4名、助手2名)の組織でしたが、全国の大学の共同利用せつとして東京大学の学部とは独立した組織でした。同センターは日本中の大学の気候研究の中心として、IPCCの第3次、第4次、第5次報告書の作成にもこうけんしました。

北海道大学大学院地球環境科学研究科

1994年には新しく発足した北海道大学大学院地球かんきょう科学研究科・大気海洋けん環境科学せんこうの専攻長に任命されました。ここは、日本各地の大学や海外の大学の第一線で働く研究者を集め、新しいことに取り組もうというみにあふれた素晴らしい場所でした。昼食の時間にはいつもみんなで議論し、そのおかげで松野さんは海洋に関することなど新しい専門知識を得ることができました。

地球フロンティア研究システム

1997年に旧科学技術庁が気候変動や地球環境問題に対応する大型研究プロジェクトとして開始したのが地球フロンティア研究システムです。松野さんはそのシステム長として新しい研究システムを作り上げるリーダーを務めました。ここでは「地球変動予測の実現」が目標としてかかげられ、気候、水じゅんかん、生態系など6つの分野における変動がどのようなしくみで起きるのかを解明し、それをコンピュータ上で再現することを目指しました。このような現実世界の現象をコンピュータ上で再現し、予測や検証を行うコンピュータプログラムのことをシミュレーションモデルといいます。1960年代からコンピュータの中で大気の状態を再現し、天気予報を行うシステムの開発が始まっていたことはすでにお話ししましたが、この時代には、天気だけでなく海流の動きや生態系の変化など様々な事象をシミュレーションモデルで再現することができるようになってきたのです。

地球シミュレータ

大気や海流など、ものすごく複雑に思える現実世界の現象をコンピュータで再現するには何をすればよいか想像がつきますか?たとえば大気の場合で考えてみましょう。

大気の状態は、温度や風、気圧、含まれる水蒸気の量などの要素によって決定されますが、実はそれぞれの要素の変化というのはランダムに起こっているわけではなく決まった法則に従って起こります。法則は計算式によって表すことができます。この計算式に当てはめてコンピュータで計算をすると、今の状態から少し先の未来に向けてどんな変化が起こるのかを再現することができます。5分後までの状態を再現できれば、今度はそれをもとに10分後がわかる、次は1時間後、24時間後、1年後とずっと先の未来まで再現することもできます。コンピュータの中では時間の流れ方を現実より早くすることもできますから、現実世界で30年待たずとも30年先の状態を予測することができるのです。実際には、明日明後日から1週間先までの気象状態を予報する天気予報と、数ヶ月以上先の平均的な状態を予測する気候予測に分かれます。

口で言うのは簡単ですがこの計算を地球上の全ての場所について行うのですから、とてつもない能力を持ったコンピュータが必要です。シミュレーションモデルの中では地球全体を一気に計算しているわけではなく、地球をあみのように細かく分けてそれぞれの網目(メッシュ)ごとに計算を行います。この一つ一つのメッシュをどれだけ細かくするかによって、どれだけ正確に地球を再現できるかが決まります。細かくすればするほど正確になりますがその分コンピュータの計算量は大きくなります。

日本では、1997年に松野さんが部会長を務めた会議の提言により、世界最高速のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を開発するプロジェクトが始まりました。当時のシミュレーションモデルは世界的に見ても100kmメッシュ(島しょ部を除く東京都がすっぽり入るくらいの大きさ)で計算できればよい方でしたが、開発された地球シミュレータは世界で初めて20kmメッシュでの気候変動の予測を可能にしました。

2002年からは松野さんがプロジェクトリーダーとなって、地球シミュレータを使った気候変動予測研究が行われ、そこでの成果はIPCC第4次報告書に「最高解像度モデル」によるシミュレーション結果として掲載されています。

地球シミュレータと松野さん

地球シミュレータと松野さん

未来の研究者へ

松野さんがこれから研究者を目指す若者に伝えたいことは、自らが疑問に思う研究テーマを見つけてほしいということです。そして、全力をかけて最せんたんの科学に挑戦し社会にちょうせんすることが大切だと言います。地球温暖化と気候変動予測の分野にもまだまだ多くの問題が残されています。自分の疑問に向き合い、仲間たちと協力して難しい問題に取り組んでいきましょう。

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松野太郎博士

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