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2. なぜ地球温暖化を防ぎたいのか

ドイツ再統一

1989年、40さいを前にしてオルデンブルグ大学の教授にしょうしんしていたシェルンフーバー教授に大きな転機が訪れました。それは同時に世界的な転機でもあり、それこそまさに「予測不可能な」出来事でした。東西ドイツの統一です。

ベルリンのかべほうかいしたとき、教授はイギリスで仕事をしていて、しばらくニュースを見ておらずイギリスからドイツに帰る飛行機の中でこのことを知りました。新聞の一面に、人々がベルリンの壁の上でおどっている写真がっていたのです。その時は「何だこれは?にせじょうほうちがいない!」と思ったのですが、本当でした。

ベルリンの壁崩壊

ベルリンの壁崩壊

この再統一はおどろきだけでなく、大きな喜びをもたらしました。長い間、東と西に分かれていたドイツは再び一つの国家となり、人々が再び行き来できるようになり、ドイツの全ては根本から変わりました。
その変化は科学の世界にも訪れました。今まで東ドイツにあった科学の学会や機関をいったん全て解体し、再編することになったのです。その時、ドイツ政府はこんなことを考えました。
「せっかくやり直すのだから、今までとは全くちがう新しい研究機関…そうだ、気候変動のえいきょうを研究する機関を作ってはどうだろう」と。

地球温暖化問題とは

地球温暖化の問題とはそもそもどういうことなのでしょうか。改めて簡単におさらいしておきましょう。
そもそも地球の46億年の歴史の中には、今よりずっと暖かい時代も寒い時代もありました。自然界はもともとそのように長いスパンで気候変動をり返してきたのです。
最後の氷期が終わったのがおよそ一万年前。ほどなくして人類は農耕を始めたと考えられています。この気候の安定がなければ、今日の人類のはんえいはなかったでしょう。

ところが、ここ100年くらいで地球の気温はこれまでにないペースでじょうしょうし続けており、特に20世紀後半以降はペースが加速しています。原因は、二酸化炭素やメタンなどの「温室効果ガス」の大気中ののうが上がっているからです。地球の大気中の「温室効果ガス」には熱を吸収する性質があり、あたかも温室のように地球の気温を一定に保ってくれていますが、増えすぎると気温は上がってしまうわけです。
急に「温室効果ガス」が増えた原因は人間にあります。18世紀後半に起こった産業革命以降、世界の工業化が進み、石炭や石油などの化石燃料の使用によって大量に二酸化炭素が大気中にはいしゅつされるようになり、その排出量は増える一方だったからです。

こうしたことは、今日までの研究によって明らかにされてきたことです。しかし、当時(1990年前後)はまだわからないことだらけでした。地球温暖化問題がようやく認識されだしたのが1980年代。「もっと地球温暖化について知らなければならない。」ということになり、地球温暖化に関する世界中の研究者による知見を収集して評価することを目的とした組織「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が設立されたのが1988年、ドイツ再統一の直前でした。

このような背景もあって、再統一したばかりのドイツでも「気候変動のえいきょうを研究する機関が必要だ」ということになったのです。こうして1993年、元・東ドイツのポツダムに、真新しい機関「ポツダム気候影響研究所(PIK)」が設立されました。

空中から撮影したPIK

空中から撮影したPIK

このPIKの所長にばってきされたのが、シェルンフーバー教授でした。
そのころ、教授は例のカオス理論を使し、当時はがたの生態系や海面じょうしょうなどの研究をしていました。「あの若い教授は新しいやり方で自然を研究している。かれならきっと未知なる気候変動の研究もリードしてくれるはずだ」と目されていました。
教授は所長を引き受けることにしました。気候変動について調べてみて「これは今後ものすごく重要になるぞ!」と直感で思ったのです。

まず考えなければならないことは

PIKが設立された当初の研究は例えばこんなことです。世界の気温が4℃あがったら2100年までにどんなことが起きるか。森林や農業や水源にはどんなえいきょうがあるのか。麦の生産量が何%変わるかもしれない。マラリアのまんえんが元のエリアより数%広がるかもしれない……。文字通り「気候変動の影響」をたんたんと研究していたわけです。
シェルンフーバー教授はこんなことは退たいくつで、それどころか間ちがっているとさえ感じました。もっと重要なことを考えるべきなんじゃないのか?と。

私たちはそもそもなぜ地球温暖化を防ぎたいのでしょうか。それは、そうしなければ私たちみんなが困るからです。もしそれによって私たちの安全がおびやかされるなら、それをかいしたいからです。
それならば……と教授は考えました。まず考えなければならないのは「私たちはどんな危険をおかしているのか。」ということではないのか。私たちにとってもっとも困ること、きょうになることは何かを明らかにすべきではないのか。

地球温暖化をよくせいするには、「温室効果ガス」をなるべく出さないようにする、つまりその主な原因である化石燃料の使用をできるだけやめなければならないのですが、私たちはその化石燃料のおかげでこれまで便利な生活をしてきたのですからとても大変なことです。それでもやるのなら、そして世界中の人たちに賛成してもらうなら、「絶対にけなければならないこと」は何かを明確にすべきだと教授は考えたのです。

だから、単に「気候変動のえいきょうの研究」をしていればいいのではなく、気候変動がなぜ起きるのか、それによって何が起こるのか、そのことにどう対処できるのか……までを総合的に研究すべきではないのか。それこそがPIKの使命だと、教授は考えました。

大気、海洋、かく、生態系、そして私たち人間の社会…この地球は、これらがそうに作用しあうしくみ「地球システム」によって成り立っています。教授はこの地球システムをかいせきすることで、気候変動のなぞいどんできました。
主な手法はコンピューターによるシミュレーションです。地球上で起こる自然現象は物理の法則によって成り立っていますから、そうした物理の方程式をコンピューターで計算していけば、コンピューターの中にいわば疑似的な地球を再現することができます。このコンピューターの中の地球を使えば、過去に地球上で起こった気候の変化をもう一度再現することもできますし、さらには、将来もしこのまま二酸化炭素が増え続けたら気温はどのくらい上がるのか、そしてそれによって何が起きるのか……といったことを、実際の地球の代わりにやってみることもできるのです。

長年にわたり、複雑で予測不可能な自然現象の解明に取り組んできたシェルンフーバー教授は、まさにこの研究をリードするのにふさわしい人でした。そしてこういった研究は、物理学だけでなく、他の自然科学や社会科学など、あらゆる分野の知識を結集しなくてはできません。PIKに集う様々な分野の研究者とともに、教授はこのそうだいな取り組みを始めました。

PIKによるコンピューターシミュレーション。

PIKによるコンピューターシミュレーション。こうして地球上の海流を再現することもできます。

3. 絶対にけなければならないこと

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ハンス・J・シェルンフーバー教授

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