2. 自然の価値を知ってほしい

値段がついているものとついていないものは
何がちがうのか?

「金銭的価値があるものと、ないものがあるのはなぜだろう?」

シンガポールにいたころ、ある友人からこうたずねられたことが、シュクデフさんの人生を変えるきっかけとなりました。

建物や道路には値段がついている。では自然は?

問いに答えながら、シュクデフさんは、今の世の中のシステムには大きなちがいがあるのではないかと気づいたのです。例えば「自然」には大きな経済的価値があるはずなのに、経済の世界ではそれが無視されているのではないか、と。

「そうだとしたら、その価値をだれもが一目でわかるようにするためのしくみが必要なんじゃないだろうか?」

必要なのは「かんきょう会計」だ!

そこで、シュクデフさんは環境と経済について勉強しようと、専門書を次々に読み始めました。専門家たちの著書には、これまでの経済の考え方の問題に対するするどてき、解決するためのヒントがいくつも書かれていました。

なかでもシュクデフさんが興味を持ったのは、これまであった国の豊かさをはかる基準の問題点です。例えばGDP(国内総生産)。「私たちの国はGDPがびている」と聞けば、自分の国は発展している、豊かになっているんだとみんな思うでしょう。

しかし、GDPが伸びているかげでは、たくさんの自然がかいされていて、それが貧困の原因になっている場合もあるのです。例えば、シュクデフさんの故郷のインドではらくのうや農業が盛んですが、開発のために森林などの自然が失われてしまったら…牛たちが食べる牧草がなくなってしまうかもしれません。田畑に必要なよくじょうや水源もなくなってしまうかもしれません。これらの牛や田畑の持ち主はというと、多くの場合、貧しい農民たちです。貧しい人たちほど自然のおんけいぞんしていることが多いので、自然が失われることでかれらの暮らし、そして彼らの営む酪農や農業が大変なげきを受けます。

つまり、GDPを伸ばすためにやっているはずの開発が、結果として貧しい人たちの暮らしや仕事を破壊しているかもしれないのです。そのことに気づかず、GDPが伸びているからインドは発展しているんだと安心していたら大変なことになるかもしれません。

そこでシュクデフさんは、国の豊かさをはかるときに自然のこともきちんと考えに入れる仕組み「環境会計」を国に導入するべきだと、思い立ったのです。

シュクデフさんは、自分の構想を専門家にも聞いてもらいたいと思いました。当時、デビッド・ピアス教授という環境経済学の第一人者がいて、シュクデフさんもこの人の著書を何冊も読んでいました。シュクデフさんはこのピアス教授に、環境会計について自分の考えをまとめた提案書を提出してみたのです。
シュクデフさんは内心、取り合ってもらえないかもしれないと思っていたのですが、教授はシュクデフさんの考えを気に入ってくれて、直接会って話をしてくれました。その後も親切に助言をくれたり、他の研究者をしょうかいしたりもしてくれました。教授にはその生前、3回しか会えなかったのですが、シュクデフさんにとって教授は心の師です。

教授が賛同してくれたことでシュクデフさんは自信がつき、本格的にこの問題に取り組むことにしました。今に至るまでシュクデフさんが強い情熱を傾け続ける「環境会計」への取り組みの始まりです。2003年、シュクデフさんが43さいのときのことでした。

まずはインドで「かんきょう会計」

シュクデフさんが「環境会計」実現の最初のたいとして選んだのは母国・インドでした。インドの各州に自然がどれくらい残っていて、それは前に比べて増えたのか減ったのか、きちんと調べようと思ったのです。
しかし、それはとても大変でそうだいな計画です。自分にできるだろうか?一人で始める勇気がなくて、シュクデフさんは迷っていました。

そんなある日のこと、シュクデフさんはムンバイの街角で、ある看板広告に目を止めます。そこにはマハトマ・ガンジーの絵にえて「目的を探し出せ。手段は後からついてくる」という言葉が書いてありました。シュクデフさんは頭を打たれたようなしょうげきを覚えました。「おお神よ!目的は探し出しました。あとは手段がついてきますように!」
ガンジーの言葉に後しされて、シュクデフさんは親友に相談しました。

「インドに環境会計を導入したい。手伝ってくれないか?」

すると「素晴らしい!もちろん、手伝うよ!」と言ってくれたのです。

こうして、シュクデフさんは3人の友達いっしょに、インドの各州に環境会計を導入するプロジェクト「GAISP」を始めることにし、NGO組織「GIST(Green Indian States Trust)」を立ち上げました。ガンジーの言葉どおり、手段は後からついてきたのです。

友達の1人、故ラジーフ・シナ氏と(2014)

友達の1人、故ラジーフ・シナ氏と(2014)

GISTでインドの各州を調べた結果、わかったのはおどろくべきことでした。前年比で自然がGDPの1割または2割ほど損失している州、中には3割も損失している州がありました。しかも、それが毎年!これほど深刻なじょうきょうにも関わらず、これまで数値で具体的に示されていなかったので、だれも気にしていなかったのです。

GISTの活動はまもなく実を結びました。2006年、インドの最高裁判所が、かいされてしまったインドの森林区域のしょうきんを決めるのにGISTが測定した自然についての評価を参考にしたのです。破壊される前の生物多様性の豊かさをこうりょして、「自然保護区」なら通常の5倍、さらに「国立公園」なら10倍、というように。
国の機関の判断に自然の価値が取り入れられたというのは画期的なことでした。それ以上に、自然の保全なしには持続可能な発展などありえないという意識が生まれたことが何よりの成果でした。

3. 生態系と生物多様性の価値を全世界に