3. 生態系と生物多様性の価値を全世界に

生態系と生物多様性とは

ところでみなさんは「自然」と聞いて何を思いかべるでしょう? 山や海? 森や川? いろんな自然がありますが、そこには必ず植物や、虫や鳥や魚や動物たち…「生物」の姿があるのではないでしょうか?

自然は生物によって形づくられています。例えば森林なら、木々や草花、虫や鳥や動物たちが、土や空気、水、太陽の光のもとで、おたがいに関係しあって自然の営みをり返しています。このような自然のしくみとその自然のことを「生態系」といいます。森林、里地里山、河川、湿しつげんがた、サンゴしょう…さまざまな生態系があります。

生態系の例(イラスト)

また、そこに住む生物の種類や個性がさまざまだったり、住んでいる場所の形もいろいろだったり、変化に富んでいればいるほど、自然はいきいきとして豊かであるといえます。これを「生物多様性」といいます。

生物多様性の例

「生物と生物多様性の経済学(TEEB)」の
研究リーダー

「私たちは生態系と生物多様性の価値を正確に知る必要がある。それが失われることがいかに人類にとって損失か、世界に警告しなくては」
2007年、ドイツのポツダムでかいさいされた、「G8+5かんきょう大臣会議」で、このような計画が持ち上がりました。前年の2006年、イギリスで経済学者ニコラス・スターンきょうが発表した「気候変動の経済学(つうしょう:スターン・レビュー)」というレポートで、地球温暖化を放っておくことによる経済的な損失の可能性と、早い段階でかいすることの重要性が示され、世界が大きなしょうげきを受けたばかりでした。

生態系と生物多様性の損失についても同様の研究が必要だと考えた環境大臣たちは、自然のおんけい「生態系サービス」を経済的に評価して、自然の重要性の認識に役立てるため、プロジェクト「生態系と生物多様性の経済学-TEEB(The Economics of Ecosystem and Biodiversity)-」を発足することにしたのです。

プロジェクトを引き受けることになった開催国ドイツのシグマール・ガブリエル環境大臣とEUのスタブロス・ディマス環境担当委員は考えました。
「このプロジェクトを成功させるにはよいリーダーが不可欠だ。そうだ、インドで環境会計の導入をすすめているドイツ銀行のシュクデフさんはどうだろう?」

シュクデフさんは、らいを受けたとき不安を感じました。
(とても光栄だ。でも、何て大きくて難しい問題だろう。しかも急がなくてはいけない。私にできるだろうか)
しかし、
(ああ、GISTのときも不安だったけれど、ちゃんとやれたじゃないか)
そう思い出し、快くTEEBのリーダーを引き受けることにしました。そして銀行のいそがしい仕事の合間をって、多くの研究者たちとともに、研究を進めていきました。

自然の価値ってどんなものがあるの?

「自然の価値」について少し考えてみましょう。
自然の価値とは、私たち人間に自然がもたらしてくれる「おんけい」のことだと思ってください。恩恵をもたらしてくれるのは自然のしくみ、先ほども出てきた生態系です。だから、これを「生態系サービス」といいます。言いえると、自然が人間にとってどのように役に立つかを、自然の価値と考えます。
(あなたは優しい人で「人間にとって役に立とうと立たなかろうと、自然が大切なのには変わりないじゃないか」と思うかもしれません。もちろんそういう考え方もあります。ただ、自然を守っていくためにはあらゆる人の協力が必要で、そのためにはより多くの人に納得してもらえる理由がしばしば必要になるのです)

TEEBによる生態系サービスの大分類

考え方はいろいろありますが、TEEBでは、生態系サービスを大きく4種類に分けています。

TEEBによる生態系サービスの大分類

まず、一番イメージしやすいのは私たちが生きるのに必要な食料や服や家の材料などを提供してくれること

TEEBによる生態系サービスの大分類

二番目は、森林が空気をきれいにし、水をめ、じょうしてくれる、あるいはミツバチが花粉を媒介して作物に実をつけてくれる、といった自然の働き(TEEBの計算によれば、例えば2005年の全世界のこんちゅうによる授粉の価値は合計1,530億ユーロとされており、その年の世界の農業生産量の9.5%に相当するそうです)。

TEEBによる生態系サービスの大分類

三番目は、豊かな自然がさまざまな種類の動植物のすみかになっているということ。

TEEBによる生態系サービスの大分類

四番目は、私たちが山や川、海に遊びに行ったりして自然にれることで得られる、楽しさ、心地よさなどのよいえいきょうです。
これらの生態系サービスは、生物多様性が豊かであればあるほど、大きいものになります。だから、生態系と生物多様性は、守られなければならないのです。

自然には値段がついていないから「タダ」なのか?

このように、自然のおんけいというのは私たち人間にとって、なくてはならないものです。それなのに、人間はこれまで自然をどんどんかいしてきました。なぜでしょう。

シュクデフさんはいいます。それは自然の恩恵がしょうだったから。これほどの恩恵をあたえてくれながら、森林もミツバチも、人間に「お金をくれ」などと言わないのです。
人間は、例えば橋や工場や道路など、どれだけのお金がかかったかわかるものをそう簡単に破壊したりしません。でも自然には大きな価値があるのに、値段がついていないから、どれだけの価値があるのか人間はよくわかっていませんでした。だから、自然を簡単に破壊してしまっていたのです。

この事態を変え、自然を守り利用し続けるために、シュクデフさんたちは、まず自然に価値があるということをだれもが認識することが重要だと考えました。そのために、その価値をお金に置きえて表すことで、誰の目にもその価値がはっきりと見えるようにしました。つまり、タダだと思われていた自然に、この価値は何ドル(ユーロ、ルピー、円)分、と値段をつけるのです。

2008年、ドイツのボンでかいさいされた生物多様性条約第9回ていやくこく会議(CBD COP-9)で、シュクデフさんたちはそれまでのTEEBの研究でわかったことを中間報告として発表しました。この時の目的は、まず実際にどれくらいの自然が失われているのか、それが経済的にはどれだけの損失なのかをまとめることでした。シュクデフさんによれば、大都市に関してそれを調べたところ、毎年2〜5兆ドルもの損失だとわかったのだそうです。

2008年は、史上最大の世界的なきんゆう危機(リーマンショック)にわれた年ですが、その時の銀行の損失額がちょうどそれと同じくらい。過去数十年間にわたり、毎年毎年、自然が失われることでそれほどの損失があったのです。このインパクトのある数字によって、それまでよくわかっていなかった人も、ようやく事の重大さに気づいたのです。
自然の価値は複雑で、全てお金であらわすのは限界もあります。それでも、お金というわかりやすい基準は、自然の価値や、これまでの損失を示すのには、このように有効にはたらくのです。

中間報告の後シュクデフさんは、銀行のほうは2年のきゅうを取り、TEEBの活動に専念するようになりました。2010年、日本の名古屋で行われた生物多様性条約第10回締約国会議(CBD COP-10)で、シュクデフさんたちはTEEBの最終報告を行いました。ここでシュクデフさんたちはこれからの社会に対して「自然の価値を認識し、何かを決めたり、行動したりするとき、常に自然の価値を考えること」を求めました。
例えば国や地域で政治に関わる人なら、自然を守るためのしくみをつくる、ぎょうで働く人なら、自然を汚さない、破壊しない方法で生産を行う、そして一人一人の市民も、かんきょうはいりょした製品を買う、水を出しっぱなしにしない、などのこうけんができます。
どのような人たちであっても、自然の価値について考えて行動してほしい。それがTEEBからのメッセージです。

4. これからの社会