3. じょうな栄養

リン循環と富栄養化

カーペンターさんは、ウィスコンシン大学マディソン校にもどった後も栄養カスケードプロジェクトの研究を続けましたが、マディソンという近くにいくつも湖がある立地のおかげで多角的な研究にも取り組むことができました。その中でもカーペンターさんが特に焦点を置いたのは、リン循環と湖の富栄養化についての研究でした。

リン循環とは、植物や植物プランクトンが育つため欠かせない栄養素であるリンが、肥料として農地で使われ、土と一緒に川に流れだしたり、生物のしょくはいせつかいしたりすることで、地球環境の中を移動していることを言います。それに加えて、鉱石にふくまれるリンを人間がさいくつして利用することでもリンは移動します。また、富栄養化とは、リンなどの栄養素が湖などに集まりすぎてしまうことを言います。栄養が集まることは一見よいことのように思えますが、過剰な栄養を餌に植物プランクトンが増えすぎることで様々な問題が連鎖的に発生し、生態系がそれまでとまったく異なる状態に急激に変化してしまうことがあります。このことをレジームシフトと言います。

カーペンターさんは、富栄養化の原因には、特定の汚染源というよりもいっぱんの市民の生活が関わっていると言います。カーペンターさんによると、このような汚染は生活はいすいや農業に起因する部分が大きいそうです。なぜなら、農業やらくのうが盛んな地域では、植物を育てるための化学肥料やちくの餌用にリンを大量に使用するからです。まかれた肥料や、家畜のえさに含まれ、排出されたリンはじょうちくせきし、雨水とともに川や湖に流出します。

レジームシフトには、数百年をかけて広い地域で生じる変化と短期間で局所的に発生する変化の2種類があります。長い時間をかけてリンを含む栄養物質が沿岸生態系にたいせきされた後に起こる長期のレジームシフトと、湖や河川の富栄養化による短期のレジームシフトです。

長期のレジームシフトは、湖や河川の富栄養化から始まりますが、リンを含む栄養物質は海に流れみ、やがて沿岸生態系の底へとしずみ、そこで生物のぞうしょくうながします。それによって沿岸生態系の水中に酸素がほとんどなくなり、海洋生物がぜつめつするなどの大きな影響を受けます。一方、底のどろに蓄積されたリンは、酸素がなくなるとけ出す性質をもっているので、さらに富栄養化にはくしゃがかかってしまいます。負の連鎖というべきこのような変化が長期のレジームシフトで、ひとたび起こると現在の技術では回復することができません。

一方で、短期間で発生したレジームシフトは、周辺の農地などから排出されたリンが原因で、湖水や河川に入ったリンを栄養源としてそうるいが大量発生するものです。こちらも沿岸生態系におけるものと同じような現象が生じますが、リンが流れ込んでから短期間で生じるので、人間の力で対処できる可能性があります。カーペンターさんは、栄養カスケードの研究で知見を得た手法を1987年からメンドータ湖に適用しました。つまり、大型の魚を増やして小型の魚を減らすと同時に、藻類を食べる小さな生物(ミジンコの一種)を増やしたのです。この生物は、最終的には大型魚の餌となります。その結果、増えすぎた藻類の数が減少し、1988年頃にはメンドータ湖の水質は大幅に改善しました。

カーペンターさんは、リンの増加が、植物プランクトンの数や活動、食物網の構造、水の透明度など、メンドータ湖の生態系に与える影響について研究しました。そして研究は地球規模のリン循環の研究にまで発展しました。地球の限界と現状を9つの指標で示し、世界的な注目を集めたプラネタリーバウンダリーのリンの地球化学的循環に関する部分は、カーペンターさんたちの研究業績に基づいています。

プラネタリー・バウンダリー

プラネタリー・バウンダリー
ストックホルム・レジリエンスセンターの図をもとに、
あさひがらす財団で制作

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先ほど説明したように、リンは農業の生産性を高めるために必要な肥料に使われています。しかし、リン肥料は土壌にかれると、土壌に吸着し作物が利用しづらい状態になってしまうことから過剰にされています。こうして農業生産を支えるために使われた大量のリンは、やがて水域に流れ出して長期的には地球環境の維持にさえ悪影響を及ぼすのです。地球の人口増加を支えるためには農業生産性を高めることが必要ですが、そのためにはますます多くのリン肥料が必要となるため、地球環境へのさらなる悪影響が懸念されています。そのためカーペンターさんたちは、地球環境を守りながら、農業生産を維持する方法を考える必要があると、警告しています。

4. 人の想像力

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スティーブン・カーペンター教授

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